オホーツクから脱出!!旅ゆけば - 川嶋純 旅のコラム
   
第2話 尾道編(1) 写真

 新尾道駅からホテルまでのタクシーの中で、明日、尾道を見物したいから頼みますと言うと、「お客さん、それはおよしなさい、ここは坂道ばかりで、車では無理なんですよ」運転手に断られた。「坂の町」とは聞いていたが、そんなに坂が多い所とは思わなかった。着く早々に、ここでは、足をつかわなければ、目指すところへは行けないのだと思い知らされた。
 『尾道水道』と呼ばれる、尾道と向島とその間にある川のように細長い海。前方に海、背後に山をひかえ、山の径斜地には、多くの人家が甍を寄せ合っている。その中を迷路のような石畳の坂道がどこ

までも続いている。二十を超える千光寺、西国寺などの古刹や観光名所もこの中に点在している。
 尾道と向島の間は400メートル、最短で200メートルの距離という。その間を客を乗せたフェリーが往復している。箱型の船で、横から真っ二つにすると、左右対称にできていて、どちらが船首で、船尾なのか見分けがつかない。乗客、自転車、自動車とにいっせいに乗り込む。十分ほどで船が対岸につくと、またそれらが行列をつくって、ぞろぞろと下船する。乗り場では、前と同じように乗り込み、船は向きを変えずに、そのまま出航する。フェリーという名の「渡し舟」。田舎者はその珍しい光景に魅せられ、しばらくながめていた。
 海岸から、山すそまでの狭い平地に鉄路と商店街が平行に並んでいる。一本通りにアーケードが架かって、明るくしゃれた店が並んでいる。「今日は、魚どうですか」 商店街の通りを、手押し車のおばさんたちが、周りの家々に声をかけながら魚を売り歩いている。それが一丁に一人くらいの割合でいる。昔は、どこでもよく見かけたが、今では懐かしい光景だ。
 尾道では、この魚売りのおばさんたちを「晩よりさん」と呼ぶらしい。不思議な呼び名だから、どうしてそう呼ぶのか、と聞いてみると、「新鮮な魚介類を晩のおかずに」ということが語源だという。また、「一家の主人が釣った魚を、妻が晩のうちに売りさばいていた」ことから、この呼び名がついたともいう。分かったような、よく分からない説明だった。今では朝から昼すぎまで営業をしているようだ。一通り売り歩くと、手押し車が早変わりしたテーブルの上に魚を並べて客を待っている。
  ここを舞台にした林芙美子の小説「風琴と魚の町」に、こんなことを書いた一節があった。「市場が近いのか頭のうえに平たい桶を乗せた魚売りの女たちが、『ばんより! ばんよりはいりやせんか』と呼び売りしながら通って行く」。それを見ているうちに、瀬戸内の尾道で、どのような魚が獲れるのか、気になってきて見ておきたくなった。甲羅が三角で深い緑色の蟹、北海道でいうドンコを三十センチ位に細長くしたようなコチ、胴の短いモンゴイカ。北海道ではあまり見かけない物ばかりで、魚を見るだけでもおもしろかった。
  休憩に、喫茶「芙美子」へ行ってみた。この喫茶店は、尾道に縁の深い作家林芙美子の名前をつけたもので、この裏に、彼女が一時住んでいた家がある。店の名が示すように、林芙美子に関する資料でも展示してあるのかと思ったが、何も無いただの喫茶店だった。あるのは彼女の全集物が二、三冊棚の隅の方にのっているだけだった。裏口のガラス戸に、『海が見えた。 海が見える。 五年ぶりに見る 尾道の海はなつかしい。(放浪記より)』 小説の一節が書いてある。

 観光用のキャッチコピーにされているのか、尾道ではよくこの「放浪記」の文章を見かける。それを読んでいると、そのガラス越しに「林芙美子の部屋」と書いた標識が見えた。林芙美子の旧居らしい。古い朽ちかけて、自分の力では立てないような格好をして隣の塀に寄りかかり、半分死んだような家だ。二階建の六畳間で、彼女のポスターを貼り、机や本が置いてある。それらしく演出したものだろう。それが無ければ、ただの空っぽの家だ。「座敷は六畳で、押入れもなければ床の間もない。これが私たち三人の落ちついた二階借りの部屋の風景である」(「風琴と魚の町」より)
 芙美子は、この尾道で何べんも転居しているが、彼女が書いたのはたぶんこの家だろうと、自分勝手に決めてしまった。
  五二三段あるという千光寺までの石段に、挑戦を始めた。坂道の両側にある家の壁と壁に囲まれ、箱の中へ入ったような特に狭い所で、手が壁に届きそうなので、両手を広げてみた。届かない。その幅二メートルくらいはあるのだろうか。
  この急な石段を、家具や家電製品のように大きな物は、どのようにして運ぶのだろうと、考えたりした。この道で旅情やロマンに浸って楽しもうとして歩いても、せいぜい十分くらいだろう。あとは体力がものをいう。
 バキュームカーが入れないため、未だに天秤で肥桶を担いでいると聞いたが、真偽の程は分からない。だが、ありそうな話に思える。

 山の頂上近くにある千光寺では、五百二三段ある石段を登り降りして飲料水を運んだ時代もあったという。今では水道が普及したが、その昔は、近隣に住む人たちも同じことをしていたのかも知れない。途中、振り返って見ると手前に天寧寺の三重塔、尾道の街並、そして海、向島のさらに向こうに点々と小さな島が見える。少しモヤがかかっているが良く見える。いい眺めだ。これが尾道自慢の景色だなのだろう。
  どうやら千光寺まで来た。

 
   
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 姫路城編

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